悟りとは?生物学的考察

第6章の『インターネットは医療革新に繋がる』で、
医療情報をインターネットで取得する世の中になった話をしましたが、
小生もその情報を猛勉強した結果、長年の座禅を通じて、「仏教の悟り」を考えていたことと、その医療情報が、突然繋がりました。

下記は、小生の立てた仮説です。

仮説「仏教における悟りとは、生物学的に言えば、脳神経支配から完全に逃れられた状況で、100%腸神経支配(生命の根源)に置かれることを言う」です。

仏教における悟りは(本来は言葉では言えないのですが・・)、表現としては、
*宇宙と一体になること
*本来の自己に戻ること
*空になること(有でもない無でもない、ただの空である)
*無我の境地
などと言います。

その方法(修行)としては、座禅、瞑想、念仏などの修行による自己の解放を続けること・・・
で・・小生も一生懸命座禅を続けてまいりました。しかしいまだに悟れていません。

他方、第6章の『インターネットは医療革新に繋がる』で、人間の体調不良のほぼ全てが、根源的にはリーキーガット症候群、つまり、腸から栄養素・ばい菌が血液に漏れて、免疫異常となり、不具合を種々生じる状況となる・・。
とインターネットで学習しました。

この仏教の悟り+腸内環境が、どこでどう繋がるかと言うと、

そもそも生物の起源・進化過程は、まず単細胞、それから複数の細胞に分かれ、
成長したり、栄養素を摂る過程で、まず「腸」が形成されたそうです。
目もない、耳もない、心臓もない、血もない、しかし「腸」はある・・のが原始生命。
ですので、肺も心臓も血液も、そして脳も、
原始生命から高度な生命体への進化過程で作られた、ある種の付属物に過ぎないのです。

そして、現代医学により、1000兆個ある腸内細菌、その消化・免疫機構は、
脳神経の支配から完全にはずれて、腸神経として独立の脳を持つと判明しました。

脳死の人間、心肺停止して、いわゆる「死」を迎えた人間の腸でさえ、
独自の神経が生きている限り消化吸収をしつづけるそうです。

ここからが 小生の仮説(仏教と腸)の始まりです。
丹田(たんでん)とは腸であり、「丹田に気を込める」とは、腸神経を活発化することであり、本来の自己とは、1000兆個ある腸内細菌による生命活動であり腸内環境そのものである。

悟りとは、「脳神経支配から完全に逃れ、原始生命である自己を見いだせた状態」つまり脳神経支配から腸神経支配に戻ること。でないだろうか・・  という仮説です。

さらに仏教用語・座禅法を、生物学的に言い換えれば、
煩悩(ぼんのう)」とは脳神経の産物で、煩悩が昂じたうつ病とはセロトニンの異常、
セロトニンは95%腸で作られるのですが、脳神経が腸神経に悪作用してその正常な働きを阻害する。
およそすべての病気とは、免疫機構の麻痺、なぜなら腸は人間の免疫の70%を担っており、本来の自己を完全に見失った状態ではないか?
「無になる」とは脳神経の停止、すなわち、腸内環境の正常化、腸支配生命の再現ができた状態。
つまりは、原始生命は、悩みもせず、喜びもせず、ひたすら栄養を腸で取り込み、淡々と生きているのであるから、その状態に戻れ!!ということでしょう

座禅の「数息観」「腹式呼吸」は、腹式呼吸によりマッサージして腸の環境を整え、吐く息により副交感神経を活発化させ、腸の働きを正常化することにより腸神経支配を優位にする。
ということと思います。

現代社会は、煩悩にまみれ、脳神経支配だけが「人間らしい生活」と勘違いしているようです。
所詮、数億年数十億年の生命の進化過程から生まれた人間も、
その生命起源からは逃れられないのです。

腸神経支配に戻りましょう。そして健康になりましょう。
それが「悟り」と思います。

2016年1月26日

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です