人間のやっていることは欲の葛藤の産物である・酒井法子に思う
酒井法子と押尾学が、相次いで覚せい剤で逮捕されました。
人間がやっていることは、日常生活・仕事・余暇等々、行為として分析すれば、
数万種類の「行為」をしているのですが、それを突き詰めていくと、3種類に分類されるそうです。
(1)好きなこと・気に入ったこと
(2)やるべきこと・生きるために必要なこと
(3)惰性でやっていること・マンネリでやっていること
だそうです。
でも人々は、それを明確に意識することなく、数万種類の「行為」を行っています。
その行為の選択は、全て人間の欲と、その対立する葛藤から、行為に結びついています。
これはどういうことかというと、人間は、本当は、全ての行為の前に、「感情の動き」が0.001秒必ず存在しています。
一度、自分の行為をした後に、その「感情の動き」を、自分で観察してみてください。
人間は本質的に、(1)ばかりをやって生活していきたいのですが、
つまり、自分の欲を100%満たされる生活ですが、(1)ばかりやっていると、
生活が成り立たないので、感情・欲を理性で抑制し、(2)や(3)を行っているのです。
そこには、内面の自分の感情の選択が起こっています。
例を挙げましょう。
ある人が有名大学合格を目指しているとします。
その人の感情は、「大学に合格したい」という欲が、強く存在します。
でも、大学に合格するためには、猛勉強をしなければなりません。
猛勉強は、本来、人間として「サボりたい」という欲に、相反するものです。
最大の理想は、両方の欲を満たす、「勉強しないで大学に合格すること」ですが、それはあり得ないので(それを判断する理性は人間は持っていますから)、
人間は、常に内面で、「合格したい」という欲と、「サボりたい」という欲の葛藤があり、まじめに人生を考えている人は、「合格したい」という欲が、サボりたいという欲に勝り、猛勉強という、「やるべきこと」を選択しています。
で、怠ける誘惑に負けてしまう人は、結果として不十分な勉強しかできずに、大学受験に失敗します。
太っている人は、「痩せたい」という欲と、「おいしいものを食べたい」という欲の葛藤に、いつもさらされています。でも大抵の人間は失敗します。
なぜなら、「食べたい」という欲は、人間の三大欲(食欲・性欲・睡眠欲)で、
非常に強い欲だからです。
人間の最大の欲は「生存欲」です。その次に、上記三大欲があります。
三大欲を克服することが出来るのに、最も簡単なのは、「生存欲」が危険にさらされたときです。
糖尿病になった人が、食欲を制御できるのは、糖尿病が進行すると、「死」が待っているからです。
肺がんになった人は、タバコを容易に止められます。
肝臓が冒された人は、酒を断つことができます。
それはなぜかと言うと、「死にたくない」という、人間の最大の欲が支配するからです。
酒井法子は、麻薬に溺れてしまいました。
麻薬をなぜするかというと(私は分かりませんが)、「何ともいえない享楽の快感の境地」を、手軽に味わえるのでしょう。
人間として、「快感」を味わうという、最高の(1)です。最大の欲求です。
他方、では酒井法子は、他の(2)や(3)はなかったのでしょうか。
麻薬は身体を滅ぼす、人生を台無しにする、捕まれば社会的地位を失う、
という理性は絶対にあったはずです。
つまり、「自分の人生を幸せに送りたい」という欲も、存在していたはずです。
酒井法子の心の奥底には、「麻薬」という欲と、
「幸せな人生」という欲の葛藤があったはずですが、理性が働かずに、
麻薬という巨大な欲に、「幸せな人生」という欲が、負けてしまったということでしょう。
酒井法子は、逮捕後手記で、「私は精神的に弱かった」と述べています。
すなわち、人間の行為の本質である、「欲の葛藤」で、自分が自分に負けてしまった、と自白しているのでしょう。
人間の最大の欲は、「生存欲」で、次に「食欲・性欲・睡眠欲」の三大欲、
麻薬は、三大欲に匹敵するほど、強い誘惑なのでしょう。
でも、結果的にそれは、「生存欲」を脅かすほど、怖い存在であるわけですが、
それに気がついても、どうにもならないほど脳が侵され、生死を考えられないほど、依存させられるからこそ、社会が排除すべき物質と、定義されているのでしょう。
つまり、最後の自制である、「生存欲」コントロールも効かない物質だからです。
皆さんも一度、自分の内面を観察してみてください。
「本当の自分の欲は、何ですか?」と・・・・
2009年9月7日